日本の思想 (岩波新書)



日本の思想 (岩波新書)
日本の思想 (岩波新書)

商品カテゴリ:人文,思想,学習,考え方
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精神的雑居性という思想の発見。

本書は、丸山真男の数少ない入門書と呼ばれています。

丸山真男は、日本の思想を特徴づけるものは、その「精神的雑居性」にあると喝破しました。これは、日本が八百万(やおよろず)の神の国であった事とも関連しているのかもしれません。この精神的雑居性を示しているものの一つとして、神道があります。ご存じのように、神道は戦時は国体イデオロギーと同居し、それ以前は仏教と長い間同居し、独特の形を作り続けてきました。神道そのものの思想の形、というのはないわけです。

日本において、多くの思想が輸入されてきましたが、それらは、すんなりと受け入れられてきました。もともとあった思想は、決してこれらと対決をすることがなく、それゆえに、自らの精神的伝統について省察するようなこともありませんでした。この対決の不在は、日本の思想史における座標軸の不在をもたらしています。一方、ヨーロッパでは、これら思想はキリスト教的信仰の強固なバックグラウンドの上に成立しています。


精神的雑居性が日本の思想の伝統であった事は、日本の特殊な事情を生ぜしめていると、丸山は主張します。


1.変容された形での思想の受容
日本では、外来の思想は、精神的雑居性という全体としての思想構造を壊さないように、変容された形で輸入されました。
その一つが、民主主義という思想。民主主義というものは、元々は、行動をその中心とする思想です。すなわち、民主主義国家であるということよりも、民主主義を行うための不断の努力こそが民主主義の特色なのです。しかし、丸山は、日本においてこれはまるで倒錯された形で受容されていると指摘しています。

丸山は、物事を行うことと、ある立場にあることを峻別すること、そして、日本における「すること」と「であること」の倒錯を反転させる必要性を説きます。政治においては、「政治家であること」が重要なのではなく、「政治をすること」がより重要で、その行為の果実によって政治は評価されるべきだと丸山は主張します。

確かに、「であること」と「すること」はまったく別のものなのですよね。学者だから、弁護士だから、もしくは警察だから正しい、というのは、両者を峻別できていない証拠なのだと思います。自分が、何らかの地位にあることに甘んじずに、行いをしてこそ、物事は価値を持つのだと思います。



2.諸学問の間の断絶と学際精神の欠如
それぞれの思想が一つの土台の上にのって対決をすることを通じて積み重なることがないため、学問の諸分野は、それぞれが同じ文脈上にあり関連性を持っていることを忘れられています。このことは、学問分野の根っこを持たない分離を生み出し、数多くのジャーゴンや学際的研究の少なさの要因となっています。

この「対決の欠如を理由とした断絶」は、別に学問に限ったものでもなく、年代の間でも、趣味の分野でも数々の例を見ることができます。また、思想的対決の伝統がないためか、日本においては、時折生じるこれら対決が、まるで喧嘩を初めする子供の喧嘩の様な感を与えています。


3.あいまいな精神的雑居性に基づいた、あいまいな行為連関
丸山真男は、その例として神輿担ぎを挙げています。神輿は確かにあり、それは前面に押し出されているのだけれど、神輿を実際に誰がどのように担いでいるのかは、非常にあいまいな形になる。
この曖昧な行為連関は、時として、深刻な無責任への転化をもたらしうるものです。これを読んだ時に感じたのは、日本におけるインターネット掲示板の在り方。丸山真男がいまも生きていたら、このロジックを、2ちゃんねるの言論環境について指摘する時に用いるのではないでしょうか。

日本の戦前と戦後の思想状況の断絶も、この精神的雑居性が一因となっているのかもしれません。思想の姿かたちは、戦前戦後で大きく変わっていますが、曖昧模糊さにおいて本質的に変質はしていない感を個人的には受けました。戦前から変わらず残っているのは、官僚機構だけではないのかもしれません。


うーん、面白かった。



(ちょっと違う文脈で出てきた言葉ですが、「現実と規範との緊張関係の意味」というのはいい言葉だなと思いました。)
本当の読書?

他のレビューで既に内容に関しては様々なことが指摘されているので、私は内容に関しては触れない。
私がこの本を始めて読んだのは大学一年のときである。それから既に3年が経ったが、当時はかなり難しく感じられ、内容の半分も理解できなかった(特に1章と2章)。
しかし、繰り返し読むうちに段々と理解できるようになっていき、それと同時に、本書で論じられていることが、まるで自分のことのように感じられてきた。
本書は私にとって自分を写す鏡だった。
本書の内容が今でも一般的に妥当だとか、本書が半世紀も前に出版されたにもかかわらず現在いまだそこで論じられる問題が解決されないからといって本書は何の役にも立たなかったとか、色々評価は分かれるだろう。
ただ私は、これだけはいいたい。
本書で論じられていること鵜呑みにするわけでもなく、かといって本書と著者の丸山氏を批判するのでもなく、一度本書の内容を糧として自分を省みて欲しい。
丸山は読書のすすめとして、「古典を繰り返し精読すること」をあげたことがある。
古典は、それが書かれた時代と大きく異なった現代においては内容的に妥当しない点も多々あるが、それでも自分の力で考える大きな糧になるのだという。
「読書は他人に考えてもらうことであるから、読書は馬鹿になることだ」という考え方もある。しかし、書物の内容を糧として自分で考えてみようという姿勢で本を読むことは、決して馬鹿になることではないだろう。
そしてそれこそが本当の読書であるように思う。
雑感2点。

既に多くのレビューが書かれているので、ここでは2点だけ雑感めいたことを。

1点目は、昔の新書は難しかったのだなぁということ。最近の新書はすっかり雑誌化していて、平易な反面で内容の薄いものが大半だが、本書、特に第1章と第2章は、その抽象度の高さと論理展開の複雑さという点で、手加減無しに難解である。一読了解できる人がいるとすれば、相当頭のいい人に違いない(私には到底ムリ)。1961年の初版以来、80刷を超えるロングセラーとなった本書だが、読者のうち少なくない部分は、実は第3章と第4章の講演部分しか理解していないのではないかという疑いを抱かずにはいられない。

2点目は、丸山真男の釣り師性ということ。「あとがき」に書いてあるが、本書第1章の一部記述は、当時の文学者の神経をひどく刺激したらしい。というのも、(おそらくは東大を念頭に置いて)文学部出身者の法学部出身者(典型的には官僚)への劣等感が、日本文学の「抽象的・概念的なものへの生理的嫌悪」を生んでいると論じたからである。本書に限らず、丸山の著書には他人のコンプレックスを逆撫でするような記述が最低一箇所は含まれている。洞察力鋭敏な丸山が気付かずやっているとは到底思えないので、きっとわざとなのだろう。いや、間違いなくわざとだと思う。
難しいかについて、、、

難しいと仰る方も多いですが、、、。

難しいという言葉には(1)内容が高度、(2)表現が下手、
など、多くの意味があると思いますが、「日本の思想」は少なくとも
(2)の意味で、すなわち表現が下手という意味で難しくは無いと思います。
むしろ、非常にクリアな、清明な読み易い文章だと思う。

確かに、立ち読みだけで読めてしまいそうな最近の多くの新書よりは
骨があり、表現も少々古く、易しくはありませんが(最初の部分)、
何度か反芻しながら丁寧に読んで行けば難しくはありません。

丁寧に読まないと読めないと言う意味では読書の練習にもってこいと思う。
過去幾度も入試問題に使われたのも頷ける。
この50年、本書の言説はいったい世の中のどういう役にたったのだろう

養老孟司氏の『無思想の発見』に引用があったので手にとってみた。

外国人の日本研究者から「日本のインテレクチュアル・ヒストリィ」を通観した書物はないか、とよく聞かれるが、そういうものがないのはなぜか、という問題意識が出発点である。また社会科学者と文学者では議論が全くかみ合わない。これは日本には異分野の専門家たちが議論するための共通の思想、共通の言葉がないからで、そんな状況になってしまったのはなぜだろう、というのも大きな問題意識のひとつである。

ともかく大変に難しい本で、とくに前半は何が書いてあるのかほとんどわからない。後悔しながらそれでも最後まで読んだが、なんとなくわかったのは、以下。

 1)現代日本に思想や思想史がないのはなぜか。
 2)明治維新の際、西洋の学問が急激に流入したが、それらをしっかり吸収できるだけの強い伝統的宗教がなかった。
 3)ために、新思想は日本の伝統的思想と一体化することなく、ただ無秩序に積みあがっただけだった。
 4)それでも戦前は天皇制が国民共通の思想のベースとなりえたが、戦後はそれもなくなった。
 5)かくして日本には国民共通の思想がなく、したがって共通の言葉もなく、それぞれが蛸壺のような狭い専門分野の中で生きているため、共通の思想がない。

というようなことだと思う。
本書の初版は1961年だから、半世紀近く前の本だ。
この50年、本書の言説はいったい世の中のどういう役にたったのだろう、とふと思った。
晦渋な表現を好んで操るのは、インテリがインテリであること自体に自己の存在価値を見出しているからであろう。
思想が一部のインテリたちのものである限り、いつまでたっても日本のインテリたちは日本にキリスト教のような普遍的な思想を根付かせることはできない。勢古浩爾氏のいう『思想なんかいらない生活』というのがわかった気がした。



岩波書店
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