格差をなくせば子どもの学力は伸びる―驚きのフィンランド教育



格差をなくせば子どもの学力は伸びる―驚きのフィンランド教育

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社会構成主義に根ざした教育の実践に期待します
一読をお勧めします。この本を読んで得た印象:

「やはり『教える(teach)』と『学ぶ(learn)』は違う」ということと、「答えが一つしかないという前提で教師が学習者の先回りをすることがいかに硬直化した教育を生み出して、考えない人間を生み出すか」というものだった。

2006年に実施されたOECD諸国の国際学力調査(PISA)では数学・科学・読解力の総合点でフィンランドがトップとなった一方で、日本の数値は下降する結果となった。

筆者はフィンランドの教育の特徴は「平等」と「個性」の両立だという。この本はそのフィンランドの初等教育の実態を理論・統計だけでなく、フィールドワークで撮った写真や図で豊かに描写していて分かりやすくなっている。中には授業中なのに編み物をしている少年もいるが、教員は控えていて彼がやる気になるのを待つ(その後、彼はやり始める!)

フィンランドの教育の根幹を成しているパラダイムというか価値観は日本で馴染みが薄い「社会構成主義(social constructivism)」であることに感銘を受けた(pp.47-50)。社会構成主義とは学習者が主体的に意味付けや知識を「構成」していくものだから、教師はそれを引き出せばいいという柔軟かつダイナミックな体系である。

小生もイギリスの大学院にて心理学を受講したが、社会構成主義に乗っ取った新鋭の言語教育の理論と実践が説かれていて、人間の本質を実に的確に捉えていることに感銘を受けたばかりだったが、フィンランドではそれがもはや社会の共通理解にまでなっているということに驚いた。

フィンランドの教育は興味深いが、そのまま日本という土壌に当てはめられるとは思えない。社会構成主義という価値観からしっかり噛み砕いた上で、今後両者をマッチングしたらどうなるかという活発な議論が展開されることに期待したい。

教育とは何か
国際学力テストPISAで世界一となったフィンランドの教育について、著者が実際に現地の小中学校で取材した授業の様子が、写真付きで具体的に詳しく載っています。大変興味深く面白いです。
しかし、その楽しい気持ちは、最終章に至って、暗澹たる気持ちにかわりました。
最終章では、翻って日本の「ゆとり教育」がなぜ失敗したか、日本の戦後教育の歴史から振り返っています。暗澹たる気持ちになった理由は、日本とフィンランドの教育が、その価値観からしてすでに遠く隔たってしまっており、もはや単に参考にできるというレベルではないことがわかったからです。

私たち日本人は既に、「知識の一方的詰め込み」教育によって、それ相応の価値観を植えつけられています。そういう私たちがマスコミの「学力低下」のニュースを聞くと、「ゆとり教育のせいだ、授業時間を増やさなくては」としか考えられないのです。しかし問題はそこではなく、教育観なのです。

「自ら学ぶ子どもを支援する」ことを役割とし「知識を獲得する方法」を学ばせるフィンランドの教師と、「全国一律の知識(教科書)をトップダウンで教え込む」ことを役割とする日本の教師。
「それぞれ到達点の異なるいろいろな子どもがいることを前提に、それぞれが不利な扱いを受けない」ことが「格差のない平等な教育」であるとするフィンランドと、「全ての子どもの教育の最終結果を同一にする」ことを「格差のない平等な教育」であるとする日本。

日本が今の教育を転換するのはいやはや容易なことではありません。教師だけでなく国家の思想、私たち国民の思想が根本的に変わらなければならないし、それはどれくらいかかることでしょうか。
教育にかかわる人だけでなく、全ての人が読むべき本だと思います。

子ども達の「低学力」を作り出しているのは大人
 よかれと思っていた今までの教育が結局は,現在の思考・学力の伸び悩みにつながっていった,という指摘は,なるほどと思った。
 この教育の始まりは,1952年からの「第1次」低学力批判に始まるとされていたが,現在の大人の多くは,「第1次」低学力批判からうまれ改革されたはずの教育,別名「知識詰め込み教育」「押しつけ教育」といわれるものの中で育ってきたことになる。(「第1次」とは便宜的につけたもの)そうして育ってきた結果,教えられたことはするけれど,新しいものを生み出すことは苦手,というような大人が多くはないだろうか。
 経済成長の時代・情報不足の時代は,画一的な知識の詰め込みでもよかったのであろうが,現在のように低成長の時代,その中でインターネットはもちろんメディアの中に情報があふれているこの時代には,ネットで検索をかければ選択に困るほどの情報が出てくるのであるから,知識の押し込み教育はすでに過去のものとしなければならないのであろう。
 それなのに大人の教育観が昔のまま変わらない,変わろうとしないのは,1950年代からの「知識詰め込み教育」のたまものかもしれない。新しいものを生み出すことが苦手な「大人」になるように育てられたはずなのであるから,すばらしい成果を上げていると言っても言い過ぎではないであろう。著者は,このことを『子ども達の「低学力」を作り出しているのは,大人なのだ』とも書いている。
 たとえば,1999年から始まった「第2次」低学力批判を何の疑問も持たずにそのまま追認し情報を垂れ流してきたマスコミにも,この世代が取材・編集などにかかわっているのだから,これも致し方ないのかもしれない。
 昨年10月に発表された新学力テストの結果は,予想以上にできたにもかかわらず,新聞の見出しは,「応用力に課題」というように結果の分析(序列付け)や次への課題みつけばかりをしていた。もともと,低学力批判からこのテストをすることになったにもかかわらず,そのことを忘れてしまっているのか,わかっていてあえて無視しているのか。本来の見出しは,「低学力ではなかった」となるべきであった。生活が不規則な子は成績もふるわない,などというわかりきった結果に77億円も使わなくてもよかったのである。
 「こんなことに貴重な税金を使ってやるべきではありませんでした。来年度は,するにしても抽出校だけにします」とは言えない官僚は,やはり,新しいところへ踏み出すことが苦手な世代だからであろうか。
 知らない知識があってもいい,それは捜せば出てくるのだから。それよりは,著者が言うように学び方や学んでいこうとする力を身につけることが大切だ,という教育観を根付かせること,自分をたえず考え,検討し,吟味する「内省力」と「創造力」「行動意欲」を育てることが重要なのであろう。

本格的な国の柔らかな教育
この本を読むと、教育とはやっぱり国家百年の計だということが分かる。
国に厳とした哲学がある。個性を大事にし、落ちこぼれを作らないこと
が国家のためにもなるという確とした考えが、フィンランドという国の柔ら
かい教育を支えている。
実際の教育の場面を読むと、?マークで頭のなかが一杯になる。どうし
てこんなバラバラな状態で授業が成り立つのだろう? 違う学年がまじり
合うのは当然のこと、ほかのクラスから恋人が紛れ込んだりしても黙認、
とにかく驚きの実態が随所に報告される。
「フィンランド教育は日本とさして変わりがない」とか「フィンランドメソッドで
頭が良くなる」式の説がいかに間違いであるか、本書を読めば理解できる。
最終章の、日本の戦後教育の出発点にはフィンランド教育との共通点が
多いとの指摘には目からうろこが落ちる思いであった。それがなぜ現在の
ような柔軟性を欠いた教育に到り着いたのか、画期的で、説得的な説が
展開される。右勢力と左勢力がけっきょくは同じ視点で子どもを見ていた
ことが大きな要因である。子どもは放っておくと何をするか分からない、
だから大人が管理し、導くのが教育だ、というわけである。これはフィンラ
ンドの教育とは正反対のベクトルである。
本書は「驚きの「フィンランド教育」と副題されているが、まさにそのとおりで、
読後、固い頭が柔らかくなること請け合いであるし、教育論議に欠かせない
視点が盛りだくさんだと感じた。




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